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その4 図録内容の充実と図版掲載に工夫を! [大琳派展]

  「尾形光琳生誕350周年記念」と銘打った今回の『大琳派展』の図録は、外観はなるほどその名に恥じない立派さです。図版はオールカラーで、文章頁もいれて380頁をこえています。紙質を検討し、頁数の割には厚く重くならないように心がけたそうです。
  私の手元に、1972年東京国立博物館が「創立百年記念特別展」として開催した『琳派』展の図録があります。B5判で全266頁。うち図版頁は207頁です。カラー印刷は巻頭の16頁だけです。「定価600円」と奥付に印刷されています。

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写真左:創立百年記念特別展『琳派』図録 (1972年 東京国立博物館編集)
写真右:『大琳派展-継承と変奏-』図録 (2008年 東京国立博物館・読売新聞社編集)


  ちなみにこの36年前の展覧会での出品点数は305点で、今回の241点よりかなり多いものでした。今回の『大琳派展』では、とくに俵屋宗達作とされる屏風絵の出展が少ないことに不満を感じた来館者も多いのではと思いますが、36年前の『琳派』展では、『風神雷神図屏風』のほかに、屏風だけで『関屋澪標図屏風』(静嘉堂文庫美術館蔵)、『舞楽図屏風』『扇面散屏風』(ともに醍醐寺蔵)、『蔦の細道図屏風』(相国寺蔵)、それに『松図襖』(六面。養源院蔵)や『芦鴨図衝立』(醍醐寺蔵)など、いわゆる“伝宗達”のものも含め出品されていました。この特別展で、はじめて宗達-光琳派の代表作とまとめて対面できたのは忘れられない体験でした。
  最近では東京国立博物館といえども、国内外の美術館や寺社・所蔵者から作品を借り入れるのがなかなか難しくなっているようです。やはり準備・交渉の期間を充分確保できないのも影響しているのではないでしょうか。それと8月中旬まで開催されていた『対決 巨匠たちの日本美術展』(東京国立博物館・平成館)に、宗達のいくつかの屏風が出展されたのも関係しているとのことです。
  ところで本記事のタイトルに、「図録内容の充実を」と書きましたが、本展図録では、カラー図版の頁に比べ文章頁はその3割の80頁です(出品目録などを除けば、70頁ほどにすぎません)。作品解説は出展作ごとにすべて書かれていますが、250~450字の短いものです。会場では作品の横に、図録の文章の要点を抜粋した100字ほどの解説が掲げられていますので、これを読みながら作品をみた人が、帰宅してから鑑賞を深めようと、改めてじっくり読み直すようなものとは云えないでしょう。解説文を執筆した東博の学芸員にとっても、このようなきびしい字数制限のもとでは、自らの見解を含め言及したいことの一部しか触れられず、欲求不満も残ったでしょう。解説頁のレイアウトを改め、文字のポイントを小さくしてでも、少なくともこの倍くらいの字数の解説にすべきだったと思います。

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『琳派』図録から(36~37頁) 宗達作『関屋澪標図屏風』


  時期を同じくして、同じ上野公園内の東京都美術館で、『フェルメールとデルフトの画家展』が開催されています。7点ものフェルメール作品が並ぶということで評判も高く、かなりの混雑ぶりでした。この展覧会の図録は『大琳派展』の図録と比べ、圧倒的に内容の充実したものでした。
  欧米の大規模な美術展では、意欲的な研究論文ならびに詳細な作品解説を掲載した本格的な図録が刊行されることが多く、担当者もその図録が以後の研究にとって重要な文献となるようにとの意気込みで取り組んでいるそうです。こういう欧米の図録づくりにもとづいたこの『フェルメールとデルフトの画家展』図録でも、美術史家ピーター・C・サットンの「フェルメールとデルフト・スタイル」という長大な論文の翻訳(400字づめで300枚をこえる。ただし本展のための書き下ろしではない)が掲載されています。個々の作品解説は、オランダのデルフトを中心に活動したマイナーな画家の小品でも短くて2500字ほどで、その作品のテーマ・図像学的解釈・画風等の影響関係など、研究史に触れながらかなり詳しく論じられています。
  もちろん日本美術の展覧会図録に同様の学問的厳密さ、詳しさを要求するつもりはありませんが、それにしてもたまたま同時期に、しかも目と鼻の先で開かれている『フェルメールとデルフトの画家展』と比べてみて、まことに歴然たる図録内容の差を痛感させられました。

  つぎに今回の『大琳派展』図録の内容に関して、別の観点からの不満を述べさせてもらいます。ひとつは、日本絵画史上とりわけ独創的な表現世界を切りひらき、いわゆる日本的美意識の典型を造形化させた宗達-光琳派の36年ぶりの大規模な展覧会なのですから、この間を中心として近代の宗達-光琳派研究史を詳しくまとめた論文が掲載されて然るべきだったと考えています。
  もうひとつは、研究史が掲載されていないこととつながりますが、近代の宗達-光琳派研究にかかわる参考文献がまったく挙げられていない点です。各作品の解説は短くまとめざるを得ないのでしたら、その作品について言及した文献は学術論文を中心に、すべて紹介するぐらいの姿勢がほしいものです。いちいち作品ごとに列挙しなくても、詳細な「参考文献目録」(ゆうに千件を超すでしょう)に通し番号をつけ、作品解説の末尾にその番号を示せばスペースを減らすことが出来る筈です。
  実際のところ、前近代の日本美術の展覧会図録では、「参考文献目録」が軽んじられている傾向がみえます。それに対し近代日本の美術家の図録では、展覧会企画者の「文献目録」への意識がつよく、掲載されているものをかなり見かけます。手元にあるものをいくつか拾い出しても、『生誕100年 靉光展』(2007年。東京国立近代美術館ほか)、『藤田嗣治展』(2006年。同館ほか)、『小林古径展』(2005年。同館ほか)、『歿後60年 長谷川利行展』(2000年。神奈川県立近代美術館ほか)など、どれも実に詳細な、新聞記事にまで及ぶ「参考文献目録」が掲載されています。
  なおこのほかに、『大琳派展』図録では出品作の落款・印章をすべて原寸で示してほしかったと思います。
  いくつもの不満を書き連ねましたが、とくに大規模で重要な展覧会の図録は、学問的関心にも応じられるだけの内容を兼ね備えていることが重要ではないでしょうか。

*   *   *

  近年、美術展図録は見た目にはずいぶん立派になっています。ほとんどが出展作をオールカラーで掲載していて、しかも重要作品・注目作品などは見開きで大きくとりあげられてもいます。しかし従来通りのソフトカバーの並装(本の背に接着剤を塗布して表紙を貼り付けたもの)ですので、両頁にわたる作品図版を平らにひろげてみることはできません。綴じ合わせたところから左右に大きく紙面が盛りあがるからです。ハート形の上端部のようにです。無理に押さえて平らにしようとすると、綴じ合わせ部分が割れてきてしまいます。
  この『大琳派展』の図録では、全部で273頁のカラーページのうち3割にあたる82頁が、見開きで1作品の紹介となっています。(一ヶ所だけ見開きで2作品をとりあげています。)宗達-光琳派の美術展ですからとくに屏風が多く、32作品が左右2頁にまたがって掲載されており、ほかに巻物(和歌巻・図巻など)が4点、短冊帖1点が同様の扱いとなっています。(出展屏風のうち1頁で掲載されているのは、当然のことですが、二曲一隻屏風全10点。ほかは六曲一双と六曲一隻がともに1点です。)
  横長の屏風を大判のカラー写真でみることが出来るのは有難いことですが、このような製本ではまともな作品紹介とはいえず、鑑賞上いちじるしい障害となっています。美術展の図録でも多くはほぼ1頁1作品の掲載ですみ、必要なら折り込みで横長の作品の図版を何枚かはさめばよいでしょうから、上記の製本でとくに問題はありません。現に美術展図録と云えば、ほとんどがこの並製本です。しかし図版頁の3割がこのような見開き状態での屏風作品の掲載となれば、「まあ我慢して下さい」ではすまされません。横に長い屏風や絵巻物・図巻などを主とした美術展の場合、図録の造本にあらたな工夫を加えるぐらいの柔軟な取り組みがあって然るべきです。
  図録としては異例ですが、たとえば横長の変型判にして、屏風は基本的に1頁に一隻掲載する方式は考えられないでしょうか。『長澤蘆雪展』(2000年。千葉市美術館ほか)の図録はやや横長で、このような工夫もみられました。この場合、掛軸などの図版は小さくなりますが、致し方ないと思います。あるいは例外的に本装本にして、開きやすさを実現すべきでしょう。手元にある図録では、『ニューヨーク・バーク・コレクション展』(2005~6年。東京都美術館ほか)のものが本装本でした。また『雪村展』(2002年。千葉市美術館ほか)の図録では、見開きがより平らに近くなるようにでしょう、少し大きめの厚表紙に別装の本体をはさみ、裏表紙の見返しと別装の本体の裏表紙を貼り合わせただけの製本となっています。これもなかなかユニークな装本にみえました。
  要するに発行部数が多く、製本期間も長くはとりにくく、なによりも安価な製本という要請から、こういう図録づくりがなお続いているのだろうと推測はつきますが、カラーページをいくらか削ってでも、より望ましい図録づくりを是非とも目指してほしいものです。
2008.11.11 さいとうたかし

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